東京大学 物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター板谷研究室

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高強度極短パルスレーザーと「アト秒科学」

高強度極短パルスレーザー技術は、1960年のMaimanによるルビーレーザーの発明以降、超短パルス化(レーザーパルスの時間幅の短縮)と高強度化(ピーク出力の増大)によって大きく進歩してきました。特に、1980年台後半に登場した光技術がコアとなり、テーブルトップサイズでテラワット級(1 TW = 1012 W)の出力をもつ高強度極短パルスレーザーが実現しました。この高強度レーザーの原理は「チャープパルス増幅法」と呼ばれる手法であり、その発明・実証に対して2018年にG. MourouとD. Stricklandにノーベル物理学賞が授与されました [1, 2]。特に今世紀に入って以降、高強度極短パルスレーザーの精密な制御技術が進展し、光電場波形そのものを制御することができるようになりました。その結果、超高速光科学は「アト秒(1 アト秒 = 10-18 秒)」というきわめて短い時間スケールに到達し、「アト秒科学」と呼ばれる新分野が生まれました。光技術としては、それまでのフェムト秒レーザーは光パルスの電場包絡線を利用していたのに対して、今では電場包絡線の中の搬送波位相までを精密に制御することが可能になっています。また、「アト秒」という時間スケールでは、物質の量子性があらわになるだけでなく、量子力学の不確定性関係により、高いエネルギースケールの現象の発現と制御につながるため、新しい量子計測技術としての展開が期待されています [3]。

板谷研での先端光源開発とアト秒科学研究

板谷研究室では、先端的な「高強度極短パルスレーザー」を開発し、新しい光源を用いたアト秒科学研究を行っています。先端的な光源開発から利用研究までを行っている点で、世界でも数少ない研究グループであり、光源の新規性や先端性がわれわれの研究の強みでもあります。原子や分子に強いレーザー光を照射すると、光イオン化、アト秒パルス光の放出、電子の加速・衝突・散乱など、通常のレーザーでは実現できない様々な興味深い現象が現れます。最近の大きな展開としては、高強度極短パルスレーザーの長波長化(光の波長を長くする=光子エネルギーを小さくする)によって、アト秒科学の研究対象が、原子・分子から固体・凝縮系へと広がりました。板谷研ではこれまでに、位相安定な高強度中赤外光源を開発し、固体における高次高調波発生に関して先駆的な研究を行いました。原子・分子(孤立量子系)にくらべて、固体・凝縮系での強電場現象は、まだまだわからないことが多く、学理的に今後大きな進展があるでしょう。光技術としては、ペタヘルツ領域のオプトエレクトロニクスなど、現時点では予見できない様々なブレークスルーが出現するものと期待されます。

短波長領域での超高速光科学・非平衡物質科学を目指して

もう一つの大きな研究の方向は、高強度極短パルスレーザー技術をさらに推進することにより、真空紫外・極端紫外・軟X線といった通常のレーザーでは到達できない短波長領域においてアト秒からフェムト秒の超短パルスを発生し、短波長領域での超高速光科学・非平衡物質科学を推進することです。とくに、近年の産業用高出力レーザー技術の進展により、今までの理科学用レーザーの100倍程度の出力を持つレーザーが登場し、物性応用のための短波長レーザー施設が現実的なものとなってきました。放射光とレーザーでは、これまでは「光の波長」での棲み分けがなされていました。今後は「光の性質」に応じて、さまざまな利用研究が相補的に進むものと考えられます。レーザーの特徴は、時間的にも空間的にもコヒーレントなこと、非常に強い電磁場を発生できること、様々な波長の光を同時に発生できること、等が挙げられます。こういった特徴は必然的に、物質中のコヒーレントな過程の探索、強レーザー場による物質制御、多様な自由度を含む非平衡状態の解明につながります。

量子科学飛躍フラッグシッププロジェクト"Q-LEAP"

このように、アト秒科学という新しい光科学分野では、大きな技術的あるいは理学的な新展開が起きようとしています。日本では、文部科学省「量子科学飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」によるネットワーク型のアト秒科学プロジェクトが発足し、オールジャパンでの連携研究が進められています [4,5]。板谷研究室は、物性応用のための高繰り返しいアト秒光源開発を担当しており、右図に示されるように、物性研内のLASOR五研究室(近藤研、岡崎研、松永研、原田研、松田巌研)との協力や、学内・学外の研究グループ(東京大学生産技術研究所、筑波大学、兵庫県立大学、高エネルギー加速器研究機構、物質・材料研究機構、分子科学研究所)や企業との共同研究を進めています。なお、Q-LEAPでは、「卓越RA制度」による大学院生への経済的な支援も行っています。

アト秒科学実験の面白さは、自分の手で作った装置で新しい現象を実現するところにあります。物作りを楽しむ気持ちと根気があれば、レーザー物理・非線形光学、原子・分子物理、物質科学に関する広い範囲の素養と技術を身につけ、さらに、光科学・物質科学の融合分野でチャレンジングな研究をすることができます。興味のある方は是非ご連絡ください。

 【参考】

[1] 2018年ノーベル物理学賞 (G. Mourou and D. Strickland)

[2] 岩波書店「科学」での解説記事

[3] 大森賢治編 「アト秒科学」(化学同人)

[4] 文部科学省「量子科学飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」

[5] Q-LEAP Flagshipプロジェクト「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発」