東京大学 物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター板谷研究室

「アト秒科学」でノーベル物理学賞

「アト秒光パルスの発生と物質中の電子ダイナミクスの理解への貢献」によって、2023年のノーベル物理学賞が、Pierre Agostini氏, Ferenc Krausz氏, Anne L'Huillier氏に決まりました。

https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2023/summary/

受賞された三名の方は、2001年に「RABBITT」と呼ばれるアト秒パルス列の計測法と「アト秒ストリーク」と呼ばれる孤立アト秒パルスの計測法を実証しました。RABBITT法は、レーザーの1/2周期で連続する(と仮定した)アト秒パルス列の中の一つのパルスの電場波形を決定する手法です。一方、アト秒ストリーク法は、孤立アト秒パルスの電場波形を、位相も含めて決定する測定手法です。どちらも二波長の光電場(短波長のアト秒パルスと、長波長の強レーザー電場)による原子のイオン化によって発生する光電子を測定する点で共通する手法です。光のコヒーレンス(「波」としての性質)が電子のコヒーレンスに転写されることを利用している点で、アト秒科学の基礎をつくったものと言えます。アト秒光パルスの計測法が実証されたことにより、アト秒という極限的な時間スケールにおける量子力学的な現象を実際に観測し、制御する道が開かれ、「アト秒科学」と呼ばれる超高速光科学分野が生まれました。

アト秒パルス計測が実証されてから20年余が経ち、アト秒科学の対象は原子・分子から固体・凝縮系へと拡大しました。また、実験手法としても、精緻に制御された高強度光電場や軟X線領域のアト秒パルスなどを用いた実験が可能となり、今まで見えなかったアト秒領域の電子の動き(電子系の量子ダイナミクス)がわかるようになってきました。今後は、光源技術と計測技術のさらなる進歩によって、光で制御されたアト秒領域の電子過程を利用したペタヘルツ領域の固体の電子応答や、軟X線アト秒パルスを用いた物質中の電子状態の実時間観測による光化学反応の初期過程の解明がさらに進むことになります。これらの研究は、将来的には量子的な超高速情報処理や光エネルギーの利用技術の基礎となることが期待されています。

トップページの絵は、板谷研究室で「アト秒ストリーク法」によって測定された光電子スペクトルです。この二次元データから光電場波形の再構築(レーザーパルスとアト秒パルスの電場波形の決定)を実証しました。[Saito et al., Sci. Rep. (2016)]

(2023年10月31日追記)UTokyo Focusに二件の解説記事が掲載されました。

  • 山内薫「「アト秒パルス光を発生する実験的手法」にノーベル物理学賞」2023年10月16日 [Link]
  • 板谷治郎「高強度レーザーとアト秒科学」2023年10月30日 [Link]