東京大学 物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター板谷研究室

強レーザー場中の分子における光電子の再散乱の論文が、Phys. Rev. Aに掲載されました。

強レーザー場中でのトンネルイオン化によって原子分子から放出された電子波束が放出源の親イオンに衝突する「再衝突過程」を位相安定な赤外極短パルスで行うことにより、数フェムト秒の極短時間で起こる電子線散乱の情報を得ることが出来ます。われわれは、この実験手法を「キャリア・エンベロープ位相マップ法」と名付け、研究を進めてきました。今回はこの手法をイオン化ポテンシャルの等しいKr原子とCO2分子に適用し、微分散乱断面積を求めることに成功しました。また、近年になって光学理論におけるcaustic(焦線集合)の概念が再散乱現象の量子論に適用され、理論的にカットオフ近傍の光電子スペクトルが標的の構造によらない解析的な表現で表されることが予想されていました。われわれは今回の実験を通して、この予想が正しいことを実証しました。これらの結果は、再散乱した光電子スペクトルの定量的な理解とアト秒計測手法への応用の基礎になるものと考えられます。

本研究は、電気通信大学の森下亨教授とモスクワ工科大学のOleg I. Tolstikhin教授との共同研究によるものです。

T. Mizuno, T. Yang, T. Kurihara, N. Ishii, T. Kanai, O. I. Tolstikhin, T. Morishita, and J. Itatani, “Comparative study of photoelectron momentum distributions from Kr and CO2 near a backward rescattering caustic by carrier-envelope-phase mapping,” Phys. Rev. A 103, 043121 (2023).

[https://doi.org/10.1103/PhysRevA.107.033101]

 

(図)観測された散乱電子の運動量分布(CO2分子, Kr原子)と、特異点理論から得られる解析式の比較。カットオフ近傍ではターゲットの構造に依存せず、イオン化ポテンシャルとレーザー電場波形のみで決まる普遍的な表式と一致することを実証した。