東京大学 物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター板谷研究室
強レーザー場中での光電子の再散乱の論文がPhys. Rev. Aに掲載されました。
強レーザー場中での原子のイオン化では、トンネルイオン化によって放出された電子波束は光電場で加速され、親イオンに衝突します。その際に、高次高調波発生の場合は再結合によって短波長の光子を放出しますが、弾性散乱(再散乱)される場合があります。この再散乱によって電子はさらに加速されて、最大運動エネルギーが10Upに達することは反古典的な取り扱いによって広く知られていました。一方、トンネルイオン化から再散乱までを量子力学的に統一的に取り扱うことによって、光電子の最大運動エネルギーは半古典的な場合と異なることや、カットオフ近傍の光電子スペクトル形状がAiry関数によって記述されることが理論的に予測されていました。板谷研では位相安定な波長1.6 μm帯の高強度赤外光源を用いることによって、強レーザー場でイオン化するXe原子の光電子スペクトルにおいて量子力学的なカットオフが存在することを実証しました。この結果は、光電場の一周期内で起こるトンネルイオン化~再散乱過程の理論のさらなる精密化につながるのと同時に、再散乱過程を利用したアト秒計測法の基礎となるものです。
本研究は、電気通信大学の森下亨教授とモスクワ工科大学のOleg I. Tolstikhin教授、および、独LMUのMatthias Kling教授のグループとの共同研究によるものです。
T. Mizuno, N. Ishii, T. Kanai, P. Rosenberger, D. Zietlow, M. F. Kling, O. I. TOlstikhin, T. Morishita, and J. Itatani, "Observation of the quantum shift of a backward rescattering caustic by carrier-envelope phase mapping," Phys. Rev. A 103, 043121 (2021). [doi: 10.1103/PhysRevA.103.043121]
(左図)観測された光電子スペクトルのCEP依存性、(右図)二つのハーフサイクル・カットオフに分解された光電子スペクトル。